Our Story

私たちについて

こんにちは。たかはる夫婦です。

京都で暮らしながら、夫婦と娘の3人で日々を過ごしています。

現在は、動画編集やWebデザインの仕事をしながら、
自分たちらしい働き方で暮らしています。

以前は、夫婦ともに小学校教員として働いていました。

たかひろ

小学校教員歴 7年
好きな食べ物 桃・ラーメン
好きなこと  ゲーム・カメラ・料理
好きな時間  仕事終わりのゲーム
好きな漫画  『チ。』『NARUTO』

はる

小学校教員歴 6年
好きな食べ物 パスタ・ハンバーグ・刺身
好きなこと  インテリアグッズ・美味しいものを食べる
好きな時間  家でゆっくりすること
好きな漫画  『HUNTER×HUNTER』『ONE PIECE』

今の暮らしを一言で表すなら、私たちにとって「理想の暮らし」です。

朝は家族でゆっくり食卓を囲み、娘と過ごす時間を大切にしながら、
自分たちで働く時間と暮らし方を選ぶ日々。

この暮らしにたどり着くまでには、たくさん悩み、立ち止まり、
自分たちの生き方を何度も見つめ直してきました。

ここからは、私たちが教員から今の働き方に至るまでの道のりをお話しします。

はじめに

私たちは、以前夫婦ともに小学校教員として働いていました。

そこから働き方を変え、今は動画編集やWebデザインの仕事をしながら、
自分たちらしい暮らしを続けています。

今こうして振り返ると、
その道のりは決してまっすぐなものではありませんでした。

悩んだこと。

立ち止まったこと。

思い通りにいかなかったこと。

そして、そのたびに自分たちに問い続けてきたこと。

「自分たちは、どんな人生を生きたいのか。」

ここでは、私たちがこれまで歩んできた道のりを、
少しだけお話しできればと思います。

少し長くなりますが、読んでいただけたら嬉しいです。

教員として過ごした日々

以前、私たち夫婦はともに小学校教員として働いていました。

教員という仕事は、想像以上に忙しい。

平日は朝6時に起き、7時には学校へ向かう日々。

遅くとも7時30分には学校に着き、
その日使う教材の準備や教室環境を整えながら、
8時に登校してくる子どもたちを迎える準備をしていました。

そうしないと不安だったから。

そして何より、それが当たり前だと思っていました。

一日の勤務時間は12時間を超えることも珍しくありません。

通常の授業に加え、テストの採点、教材研究、保護者対応、
会議の準備、職員会議、委員会の仕事、市の業務など、
経験を重ねるごとに任される仕事は増えていきました。

月によっては、残業時間が80時間を超えることも。

それでも仕事が終わることはなく、
常に次の仕事に追われている感覚。

息をつく余裕は、ほとんどありませんでした。

忙しい毎日の中で、
食事も次第に簡単なもので済ませることが増えていきました。

夜ご飯はお惣菜で済ませたり、
休日に一週間分の作り置きをして乗り切る。

そんな生活が、いつの間にか当たり前になっていました。

土日も完全に休めるわけではありません。

地域の行事には積極的に参加する空気があり、
実際に参加することも多くありました。

もちろん、そこには学びもありましたし、
子どもたちが喜ぶ姿を見ることにはやりがいも感じていました。

けれど、心も身体も休まる感覚はほとんどない。

参加していない同僚に対して、
どこか羨ましさを感じることもありました。

平日は朝早くから働き、
早く終わる日でも学校を出るのは19時頃。

家に帰ると20時を過ぎていることも珍しくありません。

金曜日の夜は、夫婦で外食。

けれど疲れ切っていることが多く、
お惣菜を買って帰り、
そのまま二人でお酒を飲んで寝てしまう。

そんな夜も少なくありませんでした。

休日は一日外に出て気分転換。

もう一日は家でゆっくり過ごす。

それが私たちなりのバランスの取り方でした。

ただ、日曜日の夕方になると、
少しずつ気持ちが落ち着かなくなる。

明日からまた仕事が始まる。

そんな気持ちが頭をよぎり、
夜になってもなかなか眠れないこともありました。

特にお互いが高学年を担当していた時期は、
本当に大変でした。

学校行事や卒業に向けた準備、生徒指導など、
業務量も責任も一気に増えていきます。

目に痙攣が出るほど疲れていても、
同僚に迷惑をかけるわけにはいかない。

そう思いながら、何事もないように学校へ向かう毎日。

当時はまだ子どもはいませんでした。

平日は夜ご飯を一緒に食べる時間だけ。

休日はできるだけ二人で過ごす。

でもその頃から、漠然とした不安を感じ始めていました。

これから子どもを授かり、家族が増えた時、
この働き方のままで本当に大丈夫なのだろうか。

家族との時間を大切にしたいと思えば思うほど、
この働き方に少しずつ疑問を抱くようになっていきました。

あの頃の私たちは、頑張ることが当たり前で、
その先にある暮らしについて深く考える余裕すらなかったのかもしれません。

それでも教員という仕事は好きだった

私たちは、教員という仕事にやりがいを感じていました。

忙しい毎日。

決して楽な仕事ではない。

それでも、その仕事を続けていたのには理由があります。

子どもたちの成長を、誰よりも近くで見届けられること。

それは、教員という仕事だからこそ味わえる大きな喜びでした。

昨日までできなかったことが、
ある日突然できるようになる。

苦手だったことを乗り越え、自信に変えていく。

大人になると、
少しずつ忘れてしまうような純粋な成長の瞬間。

子どもたちは、それを毎日のように見せてくれます。

その変化に立ち会えること。

それだけで、
この仕事をしていてよかったと思える瞬間が何度もありました。

特に印象に残っている出来事があります。

僕が3年生を担任していた時のこと。

もっと読書が好きな子どもを増やしたい。

そんな想いから、
毎朝、そして帰りの時間に本の読み聞かせを続けていました。

一日だけでは意味がない。

一週間だけでも変わらない。

だからこそ、一年間続けることを決めました。

少しずつ、本を手に取る子どもが増えていく。

教室の空気が変わっていく。

やがて読書好きの子どもが増え、
それが結果として学力向上にもつながっていきました。

読書は、人を変える。

そして本は、人と人をつないでいく。

あの時感じた確かな手応えは、
今でもはっきり覚えています。

また、子どもたちと過ごす時間も好きでした。

特に、一緒に遊んでいる時間。

遊びの中で見えてくる、その子らしさ。

普段の授業では見えない表情。

どんな言葉をかけると心が動くのか。

その子自身を知るには、
まず自分が子どもの土俵に立つこと。

教員として働く中で、
そんな大切なことをたくさん学ばせてもらいました。

そして6年生の卒業。

これは教員にとって特別な瞬間です。

はるは、二度その時間を経験しました。

一年間積み重ねてきた時間。

悩みながら向き合ってきた日々。

時にはうまくいかないこともあり、
何度も自分の未熟さを感じることもある。

それでも最後、
子どもたちが笑顔で卒業していく姿を見ると、
これまでの苦労が少しだけ報われる。

「教員をやっていてよかった」

そう心から思える瞬間でした。

だからこそ、私たちは
教員という仕事を嫌いになって辞めたわけではありません。

むしろ、たくさんのことを学ばせてもらった大切な仕事でした。

人として成長させてもらった時間。

かけがえのない出会い。

今の自分たちをつくってくれた、大切な経験。

だから今でも、教員という仕事には感謝しています。

ただ、その一方で。

仕事にやりがいがあることと、
自分たちが望む生き方が一致するかは、また別の話でした。

順調なはずなのに、満たされなかった日々

教員としての日々は忙しかった。

けれど、その生活に大きな不満があったわけではありません。

仕事にはやりがいがある。

周りの人間関係にも恵まれている。

少しずつ経験も増え、自分自身の成長も感じていました。

世間から見れば、きっと順調だったと思います。

念願だったマイホーム。

新しく迎えた車。

いわゆる「安定した人生」。

当時の自分たちは、
まさにそんな道を歩いていたのだと思います。

でも、不思議でした。

すべてが順調に進んでいるはずなのに、
なぜか心は満たされていない。

どこかに、言葉にできない違和感がありました。

ふと考えるようになったんです。

この先、自分たちはどう生きていくんだろう。

何を目標にして生きていけばいいんだろう。

このままずっと教員として働き続けることが、
本当に自分たちが望む人生なんだろうか。

教員生活5年目の終わり。

少しずつ、自分たちの生き方そのものに目を向けるようになっていきました。

とはいえ、その時はまだ答えなんてありません。

何かしたい。

今の人生を少し変えてみたい。

そんな気持ちだけが、ぼんやりと心の中にありました。

当時、夫婦で話していたことがあります。

「コーチングを学んでみようか」

何か新しいことを始めれば、
自分たちの人生も変わるかもしれない。

そんな期待もありました。

でも、高額な講座費用を前にして、
なかなか一歩を踏み出せませんでした。

結局、その時は何も変わらないまま
時間だけが過ぎていく。

ただ、その時間は決して無駄ではありませんでした。

何度も二人で話し合いました。

自分たちは本当は何をしたいのか。

これからどんな人生を送りたいのか。

子どもが生まれた時、自分たちはどんな親でありたいのか。

そして、どんな暮らしをしていきたいのか。

何度話しても、答えは出ませんでした。

お互い想いはある。

でも、どうすればいいのかわからない。

現実を変える方法も見つからない。

そんな曖昧な時間だけが続いていきました。

そして気づけば、また新しい一年が始まる。

教員6年目。

相変わらず忙しい毎日。

何も変わらない日常。

けれど心のどこかでは、
ずっと同じ問いを抱えていました。

このままで、本当にいいんだろうか。

今思えば、あの頃から少しずつ、
自分たちの人生は変わり始めていたのかもしれません。

目の前の仕事をこなしながらも、
私たちはずっと探していました。

自分たちらしい生き方を。

人生が大きく動き始めた日

人生には、ときどき大きな転換点があります。

あとから振り返った時に、
「あの日からすべてが変わった」と思えるような出来事。

私たちにとって、その日がありました。

それは、僕が京都市の教員採用試験に合格した日。

当時、大阪で教員として働いていた僕は、
新しい環境でまた一歩前に進めると思っていました。

次は京都で新しい教員生活が始まる。

また新しいスタート。

そんな未来を想像していた、その日でした。

突然、はるが学校へ行けなくなりました。

とりあえず学校には連絡を入れ、数日休みをもらうことに。

そこで、二人でいろいろな話をしました。

しんどくなった理由は一つではありません。

日々の働き方への負担。

これから先の人生への不安。

そして、なかなか子どもを授かれないことへの焦り。

いろいろなものが少しずつ積み重なり、
心も身体も限界を迎えていました。

一日休む。

二日休む。

けれど、回復する兆しは見えない。

結果として、休職という選択を取ることになりました。

あの時、初めて思いました。

もう今までと同じ生き方は続けられない。

教員としてこのまま働き続ける未来が、
少しずつ現実味を失っていきました。

両親とも何度も話し合いました。

自分たちはこれからどう生きていくのか。

本当にこの働き方を続けていくのか。

たくさん悩みました。

そして一つの決断をします。

「新しい道に進んでみよう。」

はるは教員を離れ、
Webデザインという全く新しい世界に飛び込むことを決めました。

もちろん、簡単な挑戦ではありません。

YouTubeを見ながら独学でデザインを学び、
集客を学び、
新しい働き方を一から模索する毎日。

気づけば、一日10時間以上パソコンに向かう日も少なくありませんでした。

それでも少しずつ、できることは増えていく。

進み出すと、
同じように挑戦している仲間とも出会えるようになりました。

小さな一歩。

でも確かに、新しい人生が動き始めていました。

その頃、私たちは新しい命を授かります。

少しずつ、未来に光が見え始めていました。

一方で、僕は京都で新しい教員生活をスタートさせていました。

この時の僕は、まだ教員を辞めるつもりはありませんでした。

自分は働き続ける。

そして妻の新しい挑戦を支えながら、
生まれてくる子どものために頑張ろう。

そう思っていました。

でも、人生はいつも思い通りには進みません。

はるが退職する一ヶ月前。

今度は、僕自身が突然動けなくなりました。

朝、ベッドから起き上がれない。

身体が動かない。

頭では行かなければいけないと分かっているのに、
どうしても動けない。

そんな経験は初めてでした。

なんとか職場に連絡だけ入れて、その日は休むことに。

でも、その日を境に学校へ戻ることはできませんでした。

突然立ち止まることになった私たち。

けれど今思えば、
あの時間は必要だったのかもしれません。

家で二人で過ごす時間が増えました。

これまで忙しさに追われて、
後回しになっていた会話。

たくさん話しました。

自分たちは本当はどう生きたいのか。

どんな未来をつくっていきたいのか。

何を一番大切にしたいのか。

何度も何度も話しました。

そして気づきます。

二人の想いは同じだったということに。

不安定な未来かもしれない。

収入がなくなるかもしれない。

周りから理解されないかもしれない。

それでも、家族で一緒に過ごしたい。

娘の成長を、一番近くで見守っていきたい。

その想いだけは、二人ともまったく変わりませんでした。

あの時間があったからこそ、
私たちは初めて本当の意味で、
自分たちの人生と向き合うことができたのだと思います。

人生は、ときに立ち止まらせてくれる。

そしてその時間が、
自分にとって本当に大切なものを教えてくれることがある。

私たちにとって、あの出来事はまさにそんな時間でした。

家族との時間を選ぶという決断

人生を変えると決めた時、
そこに不安がなかったわけではありません。

むしろ、不安しかありませんでした。

一番大きかったのは、お金のこと。

それまで私たちは、二人とも公務員として働いていました。

毎月決まった給料が入る。

大きく収入が変わることもない。

いわゆる“安定した生活”。

そこから二人とも仕事を辞める。

それはつまり、
二人分の安定した収入がなくなるということでした。

正直、とても怖かった。

この選択で本当に大丈夫なのか。

生活は成り立つのか。

子どもが生まれてくるタイミングで、
本当にそんな決断をしていいのか。

何度も考える日々。

だからこそ、感情だけで決めることはしませんでした。

今ある貯金。

これから必要になるお金。

どれくらいなら挑戦できるのか。

失敗した時にどうするのか。

二人でたくさん考えました。

不安をなくしてから進んだわけではありません。

不安があることを理解した上で、
それでも進むと決めた。

それが私たちの選択でした。

もちろん、周りも驚いていました。

両親も最初はかなり驚いていたと思います。

当時、動画編集やWebデザインという仕事は、
まだ今ほど一般的ではありませんでした。

両親にとっては、想像しにくい働き方だったと思います。

しかも子どもが生まれてくるタイミング。

心配しないはずがありません。

きっと、たくさん不安もあったと思います。

それでも最後はこう言ってくれました。

「何かあったら頼ってほしい」

その言葉は、本当に心強かった。

改めて、自分たちはたくさんの人に支えられて生きているのだと
感じた瞬間でもありました。

そして最後に、私たちは決断します。

「新しい人生に進もう」

なぜそこまで決断できたのか。

理由は、とてもシンプルでした。

自分たちが叶えたい未来が、
はっきり見えていたからです。

家族で一緒に過ごすこと。

娘の成長を、できる限り近くで見守ること。

ただ、それだけでした。

教員を続けながら、
それも叶えられるかもしれない。

両立できる方法も、
もしかしたらあったかもしれない。

でも、その“もしかしたら”を探している間にも、
時間は確実に過ぎていきます。

気づけば娘は大きくなっている。

気づけば、今しかない時間は終わってしまう。

それだけは嫌でした。

自分が本当に叶えたいものがあるなら、一直線に進む。

余計な寄り道はしない。

それが私たち二人の考えでした。

だから、不思議と未練はありません。

私たちは仕事を辞めたかったわけではありません。

安定を捨てたかったわけでもありません。

ただ、自分たちにとって一番大切なものを守りたかった。

それが、家族との時間でした。

世の中には、いろんな生き方があります。

何を優先するかも、人それぞれ。

だからこそ私たちは、
自分たちが心から納得できる選択をしました。

安定ではなく、家族を選ぶ。

それが、私たちが出した答えでした。

あの時立ち止まったからこそ、見えたもの

今振り返ると、
あの時立ち止まれたことには意味があったのだと思います。

当時は、まさか自分たちの人生がここまで大きく変わるとは
想像していませんでした。

正直、あの頃は苦しい時間もたくさんありました。

思い描いていた未来が突然変わることへの戸惑い。

これから先の生活への不安。

本当にこの選択でよかったのかという迷い。

何度も自分自身に問いかける日々。

それでも今、
こうして振り返ってみると、
一つだけはっきり言えることがあります。

あの出来事があったからこそ、
私たちは初めて自分たちの人生と本気で向き合うことができました。

もしあのまま何事もなく教員を続けていたら。

もし何も変えず、
そのまま忙しい毎日を過ごしていたら。

もしかすると今でも、
自分たちが本当に望む生き方を考えることなく
日々を過ごしていたかもしれません。

そういう意味では、
人生は時に立ち止まる時間を
与えてくれるものなのかもしれません。

そしてその時間が、本当に大切なものを教えてくれる。

私たちはそう感じています。

働き方を変えたことで、暮らしは大きく変わりました。

家族で過ごす時間が増えました。

娘の成長を、
毎日すぐそばで見守れるようになりました。

以前よりも、両親と会う時間も増えました。

気づけば、
家族とのつながりそのものが以前よりずっと深くなっていました。

そして今、私たちは新しい挑戦を続けています。

動画編集やWebデザインの仕事にとどまらず、
撮影の仕事やYouTubeでの発信。

以前の自分たちなら想像もしなかったことに、
一つずつ挑戦できるようになりました。

でもそれは、特別な才能があったからではありません。

自分たちが安心できる場所があること。

家族がそばにいてくれること。

その土台があるからこそ、
一歩を踏み出せているのだと思います。

人はつい、結果ばかりを見てしまう。

でも私たちは思います。

本当に大切なのは、
安心して生きられる環境なのではないか、と。

そして、その環境をつくるのは、
いつだって人とのつながりです。

家族や友人。

これまで出会ってきたたくさんの人たち。

多くの支えがあったからこそ、
今の私たちがあります。

これからも、
たくさんのことに挑戦していきたいと思っています。

自分たちの未来を、自分たちの手でつくっていくこと。

それはきっと、特別なことではなく、
誰にでもできることなのかもしれません。

私たちはこれからも、
自分たちにとって本当に大切なものを見失わないように歩んでいきます。

家族との時間を大切にしながら。

一歩ずつ、自分たちらしく。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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